年金の繰下げは何歳まで待てば得?損益分岐は受け取り始めて約12年後

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こんにちは、税理士のきいちゃんです。

「年金の繰下げって、結局何歳まで生きれば得なんですか?」

答えは「受け取り始めてから約12年後」です。繰下げは1か月あたり0.7%、10年待てば84%増えます。ここから計算すると、70歳開始なら81歳11か月ごろ、75歳開始なら86歳11か月ごろに、65歳から受け取り続けた場合の累計に追いつきます。繰下げた年数がいくつでも分岐点はほぼ一定なので、何歳まで生きるかで考えるより決めやすいはずです。ただしこれは税や社会保険料を考えない額面での分岐点で、手取りで見ると少し後ろにずれます。

繰下げは1か月0.7%、上限は75歳で84%

老齢基礎年金と老齢厚生年金は、65歳で受け取らずに66歳以後75歳までの間で繰下げられます。増額率は「0.7%×65歳に達した月から繰下げ申出月の前月までの月数」で、上限は84%。日本年金機構の早見表では66歳で8.4%、70歳で42.0%、75歳で84.0%。1年待つごとに8.4%ずつ増える形で、増えた分は生涯続きます。なお昭和27年4月1日以前に生まれた方は、上限が70歳(最大42%)に据え置かれています。

損益分岐を実際に計算してみる

仮に、65歳から受け取ると年120万円(月10万円)になる方で考えます。70歳まで繰下げると42%増で年170万4千円です。

80歳時点の累計は、65歳開始が15年分で1,800万円、70歳開始が10年分で1,704万円。まだ65歳開始が96万円多いです。82歳時点では2,040万円と2,044万8千円で逆転します。ちょうど並ぶのは81歳11か月ごろ。75歳まで繰下げた場合(84%増で年220万8千円)も同じように計算すると、並ぶのは86歳11か月ごろでした。

きいちゃんメモ

1年で8.4%増えるので、増えた分で追いつくのに必要な年数は1÷0.084=約11.9年。だから繰下げ幅が1年でも10年でも、分岐点は「受け取り始めてから約11年11か月」になります。

繰上げは、減った額が一生続いて取り消せない

逆に60歳から65歳になるまでの間に早めるのが繰上げです。減額率は1か月あたり0.4%で最大24%。60歳から受け取ると24.0%減った額になります。昭和37年4月1日以前に生まれた方は0.5%(最大30%)です。なお繰下げと違い、繰上げは原則として老齢基礎年金と老齢厚生年金を同時に請求することになり、片方だけを選ぶことはできません。

繰下げと対称に見えますが、実務で重いのは繰上げ請求は取り消せないことです。減額は一生続きます。しかも繰上げ後は国民年金の任意加入や保険料の追納ができず、事後重症などによる障害年金の請求もできなくなります。治療中の病気がある方はとくに注意してください。

年金額が増えても、手取りが同じだけ増えるわけではない

ここが増額率の話だけでは見えない部分です。年金は雑所得として課税され、公的年金等控除を差し引いて所得を出し、そこから基礎控除や社会保険料控除などを引いた残りに所得税と住民税がかかります。源泉徴収の対象になるのは、令和8年分では65歳以上で年金額205万円以上の方です(令和8年度税制改正でこの下限は214万円に上がり、令和8年分は12月の年金支払時に精算されます)。老齢基礎年金だけなら、84%増やしても約156万円でどちらの線にも届きません。対象になる場合は、収入金額から一定の控除額を差し引いた額に原則5.105%が源泉徴収されます。

影響は税金だけではありません。国民健康保険料や介護保険料は前年の所得をもとに決まるので、年金が増えれば保険料も上がります。日本年金機構自身が繰下げの注意点として「年金生活者支援給付金、医療保険・介護保険等の自己負担や保険料、税金に影響する場合があります」と書いています。計算方法は市区町村ごとに違うので、実額は市区町村に確認してください。

もうひとつ。公的年金等の収入金額が400万円以下で、かつ年金以外の所得が20万円以下なら確定申告は必要ありません。繰下げてこの400万円を超えると確定申告不要制度が使えなくなり、所得控除を引いても残額がある方は、それまで不要だった確定申告が毎年必要になります。84%増えても手取りが84%増えるわけではないということです。手取りの見方は住民税がなぜ6月から変わるのかとも重なります。

繰下げに向く人、向かない人

向くのは、65歳以後も働くなど年金以外の収入があり、年金を使わずに済む方。長生きへの備えを厚くしたい方です。見落とすと大きいのが加給年金です。

厚生年金の被保険者期間が20年以上あり、65歳の時点で、その方に生計を維持されている65歳未満の配偶者がいる場合、配偶者の加給年金額243,800円に特別加算がつきます。昭和18年4月2日以後生まれの方なら特別加算は179,900円で、合計は年423,700円(令和8年4月から)。ところが老齢厚生年金を繰下げて待っている期間は、この加給年金を受け取れません。配偶者が5年間65歳未満のままなら、5年待つことで200万円を超える額を受け取らないことになります。振替加算も同じ扱いで、どちらも増額の対象になりません。なお繰下げによる増額分は、遺族厚生年金にも反映されません。

ただ、老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々に繰下げできます。加給年金がある方が、老齢厚生年金は65歳から受け取って老齢基礎年金だけ繰下げる、という組み合わせを選べるのはこのためです。年金を増やしたいだけなら付加年金のような別の手もあります。

繰下げは「待つ」だけでよく、あとから決められる

繰下げに事前の予約はいりません。66歳以後、受け取りたい時期に手続きをすれば、その時点の増額率が決まります。ただし75歳を過ぎて請求しても増額率は増えません。増額された年金は75歳までさかのぼって支払われるので受け取り損ねるわけではありませんが、請求時点から5年以上前の分は時効で受け取れなくなります。待つ意味があるのは75歳までです。

途中で気が変わったらどうなりますか

待っている間なら、繰下げの申出をせずに65歳時点の本来の年金をさかのぼって請求できます。70歳を過ぎてからさかのぼりを選んだ場合は、請求の5年前の日に繰下げの申出があったものとみなして増額された年金を一括で受け取る扱いです(特例的な繰下げみなし増額制度)。80歳以後に請求する場合などは適用されません。

働き続ける予定です。繰下げても増えますか

65歳以後に厚生年金に加入していた期間があると、在職老齢年金の仕組みで支給停止される部分は増額の対象になりません。待っても増えない部分がある、ということです。令和8年度の支給停止調整額は65万円(令和7年度は51万円)に引き上げられました。

おわりに

繰下げは「何歳まで生きるか」の賭けのように語られがちですが、決め手になるのは、その期間を年金なしで暮らせるか、加給年金があるか、増えた分の税金と保険料をどう見るか、の3つだと思います。参考までに、令和8年度の老齢基礎年金の満額は月70,608円(昭和31年4月1日以前生まれの方は月70,408円)。まず見込額を確かめて、この物差しを当ててみてください。決めるのは66歳以後でも間に合います。

お金と税金の話は、X(@tax_kiichan)でも少しずつ書いています。

※本記事は執筆時点(2026年9月)の制度にもとづく一般的な情報提供です。金額は令和8年度のものです。個別の税務判断は税務署または税理士に、年金額や手続きは日本年金機構または年金事務所にご確認ください。

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